いつか晴れた日に

大日岳遭難事故裁判・口頭弁論の検証

口頭弁論リソースを元に、証言の問題点と間違いをリスク・マネジ
メントの視点から指摘します。ここでの指摘は、裁判で問題とされ
る「法的な注意義務・過失」について述べるものではありません。

この裁判に限らないのですが、雪山での行動判断と、法的な注意義
務・過失の範囲の取り違いが、断片的なマスコミ報道を通じて広ま
り、無用の誤解と混乱を生む原因となっている場合が多々あります。
これらは多くの場合、原告・被告双方の裁判戦略に根ざすものです。

今回、山本証人の発言にも、それを感じさせるものもありましたが
証人調べは「嘘・偽りを申しません」という宣誓の後に行われます
ので、基本的に山本一夫氏は、本当にそのように考えている、とい
う前提で、証言内容を検証しています。

なお偽証ではないか、と強く感じさせ、なおかつ各カテゴリに属さ
ないものは、別途まとめました。また、法的注意義務の範囲とリス
ク・マネジメントのすれ違いに関しては、原告側の主張を具体例と
して、最後に記載しておきます。


【雪庇の危険認識における問題点】
1)雪庇を吹きだまり部と庇部に分けること
2)固い吹きだまりは崩落しないという誤解


積雪は強い結合力を持っています。それゆえ、見た目の形状によっ
て雪庇を吹きだまりと庇に分けることは可能ですが、それによって
危険度が変わると単純に考えることはできません。


その象徴的な例は、やや垂れ下がった形状の雪庇が崩落する
際、山稜上から切れて落ちるのではなく、尾根上の雪も引き連れて
落ちる現象です。2mの庇がでていれば、2mステップバックして
もおかしくない、と現場では言われています。勘違いして頂きたく
ないのですが、これは、それがどのような場所にできているのか、
に依存しますので、単純に大日岳でも起こると考えないでください。

ここで指摘したいことは、雪庇というのは、それ全体がとても危険
な場所=雪崩発生区であり、リスク・マネジメントの視点で言えば
そこに細心の注意を払い、安全のマージンを大きく取ることが必要
である、ということです。

吹きだまりが「固い」というのは、安全の担保にはなりません。
むしろ、固いことは、扱いずらさという厄介な面を持つことになり
ます。海外のスキー場において、吹雪の後、ダイナマイトや大砲を
使って雪を落としているのは、スラブがソフトからハードになって、
扱いずらくなる前に処理してしまおう、という発想によるものです。

山本氏は、できたての吹きだまりは危険だ、という証言をしていま
すが、それは正しい内容です。覚えておくべき重要な雪の特性の一
つに「雪は急激な変化に弱い」というものがあります。


ゆっくりゆっくり重みが加わる場合、雪は自身でその重みに対応し
強度を上げていきますが、急激に加わりますと、結合が壊れ、崩れ
ます。簡単にいえば雪崩です。たとえば、1mの雪が1週間掛けて
降れば、何も問題は起きないかもしれません。しかし、1mの雪が
1日で降れば、問題は恐らくかなりの割合で起こるはずです。それ
は、重みが急激に加わったことによります。

吹雪の直後に雪崩が多い、というのはまさにこのことですし、山本
氏の指摘のように、できたての吹きだまりが危険というのも(これ
がすべてはありませんが)この理由によります。しかし、吹きだま
りが固くなったからといって、それは安全のサインにはなりません。
この辺の雪の特性、およびスラブについては『雪崩リスクマネジメ
ント』(山と渓谷社)
にも同様の指摘があります。



ハードな山行を繰り返すクライマーにおいて、雪庇の危険認識が低
くなりがちなのは、雪庇部を行動しなくてはならないケースが多数
出現し、それを繰り返ししていることによります。人は誰でも、大
丈夫であったことが続けば、次も大丈夫、と考えるようになります。
固い雪であったから大丈夫だろう、やっぱ大丈夫だった・・・これ
を繰り返し経験すれば、固い雪=大丈夫だろう、と、誰でも考えが
ちになる、ということです。

しかし、上記で指摘したように、固い=安全の担保にはならない、
というのが、これまでの知見で得ている吹きだまりの危険性です。

また一方で、雪庇上を行動する人もいます。この行動は、次のよう
に考えることが必要です。雪庇は潜在的に危険度が高い場所、とい
うのが前提であり、その危険度の高さを理解して、そこで行動する
ことは、「ハイリスクな行為」ということです。間違えないでくだ
さい。良い・悪い、と早合点しないことです。

仲間との冒険的な山行において、他に選択肢がない場合、そのよう
なハイリスクな行動を取ることも選択肢の一つになるでしょう。し
かし、大学山岳部といっても、大学に入ってから山を始める人が多
い現実を考えれば、僅か2年ほどの経験しかない人が受ける研修会
で取るようなリスクではありません。

再度、整理します。雪庇は、それ全体がハザードであり、細心の注
意を払うべき場所です。そして、それを見た目のパーツに分解して
危険度評価することは、本質的な危険を見誤らせてしまいます。

休憩地は、雪崩発生区である雪庇全体から離れ、安全のマージンを
大きくとったところを選ぶ必要があります。もし、仲間とのハード
な山行で、雪庇上を行動しなければならないことがあれば、それは
かなりハイリスクな選択をしていることを理解してください。そし
て、雪が固いことは、何も安全を保障しないということを覚えてお
いてください。


【雪庇回避のルート選択におけるミス】
1)推測値である10数mという雪庇規模を絶対的なものと考えた
2)雪稜側から山稜を推定する、という誤った方法の使用
3)山稜特定には掘るしかない、という誤解
4)固い雪だから大丈夫、という誤った積雪の理解
5)降雪で隠れているクラックの存在への過小評価


1)推測値である10数mという雪庇規模を絶対的なものと考えた
証言からもわかるように、これまで一度も雪庇の大きさを調べたり
確認することをしていません。ですから、山本氏は10数mという
数字を「経験則」と表現していますが、実際は「推測値」と言った
ほうが適切です。言い換えれば、曖昧な推測値(想像)を現実(事
実)であると考え、重きを置き過ぎたことが根本的な間違いです。


2)雪稜側から山稜を推定する、という不適切な方法の使用
不適切な方法です。雪庇回避の基本は、山稜の位置の推定か
ら始めるのが大原則です。
「例年10数mの大きさだから、先端か
ら10数m離れていれば大丈夫」という山本氏の推定方法は、
休憩地を選ぶという重要な決定の根拠としては、
行ってはならない類のものです。正確に山稜がわからなくとも、
地物を見つけることで、安全な休憩地を選ぶことが可能になります。

3)山稜特定には掘るしかない、という誤解
厳格に山稜特定する必要は必ずしもない、という前提を無視してい
ます。
雪庇回避には、確実な地物を見つけ、それを使えば良い、と
いう、非常に簡単かつシンプルなマネジメント方法が重要です。

4)固い雪だから大丈夫、という誤った積雪の理解
足で踏んでみて、地山がある場所と同じ固さだったので大丈夫と判
断した、と山本氏は証言していますが、これも重大な間違いです。
表面付近の雪が固い=安全の担保、にはなりません。スキーブーツ
で蹴り込まなければならないような雪面の状態でも、雪崩事故は起
こっています。積雪に対して、根本的に誤った理解をしています。

5)降雪で隠れているクラックの存在への過小評価
現場にクラックがあったのかのはわかりません。しかし、証言から
わかることは、降雪が小さなクラックを隠してしまっている可能性
について、注意が足りないことを窺わせます。


【休憩地選択におけるミス】
1)想定ルート上ということを盲目的に信じたこと
2)地物によって場所の信頼性の確認をしなかったこと
3)大人数が一カ所に集まるというグループ・マネジメントのミス


1)想定ルート上ということを盲目的に信じたこと
証言において、山本氏は、休憩場所が適地であった理由として、想
定ルート上であったことを第一の理由に挙げています。これが最初
の間違いです。たとえ想定ルート上であったとしても、休憩地の選
定は、一段上の注意が必要になりますので、今一度、そこが適地で
あるのか、確認することが必要です。それを行っていません。

休憩地の選択で最も重要な点は、地形認識です。雪崩のリスクのあ
る地形を「雪崩地形」と呼びます。休憩地の選定に当たっては、こ
の雪崩地形を外すことが基本です。

また想定ルート上を確実に登っていることを確認する作業を、登っ
ている途中で、何も行っていません。これでは、本当に想定ルート
上にいるのか、わからないまま、休憩地を決めたことになります。

2)地物によって場所の信頼性の確認をしなかったこと
雪庇ができる場所は雪崩地形です。吹きだまりは、最も注意しなけ
ればならない場所の一つになります。先にも書いたように、表面付
近が固くても、安全の担保にはなりません。ですから、雪庇ができ
たり、吹きだまりなどで休憩するのは避けなくてはなりません。

大きな雪庇ができる場所では、稜線の位置の特定が難しくなります。
しかし、大日岳のような風が強い場所の稜線は、積雪はそれほど深
くなりません。必ず、地物が顔をのぞかせているいるものです。

もし地物が何も見つからないのであれば、見つからない=ハッキリ
した証拠がない、ということですから、夏場の地形と大きな雪庇が
形成される場所の特性を考えれば、それだけでリスクが高くなって
いることを認識しなくてはなりません。
そして、別のリスクの低い
場所を探すべきです。証言からは、そのようなリスク感覚をまった
く持っていないことがわかります。

3)大人数が一カ所に集まるというグループ・マネジメントのミス
事故時、いくつもの班が集合し、27名もの人間が大集合していた
という事実は、リスク・マネジメントの視点からみますと、とても
驚くべき内容です。
夏季の大日岳に登られたことがある方はわかり
ますが夏は、人が2人やっとすれ違える尾根道しかない地形です。
つまり冬季に大きな台地状の地形があれば、そこはまず雪庇を疑わ
なくてはならない場所になります。そのような場所において、地物
という証拠を使った確認する作業を一切することもなく、想定した
ルート上というだけで、27名もの人間が休憩したことなります。


【偽証を疑わせる内容】
1)登山界で固い吹きだまりの危険性は知られていない、という証言
2)山頂において三角点もトーフ岩も見ていない、という証言
3)山頂で休憩地を探す行為がリスクを上げる、という証言
4)コンパス使用法について、知らない、という証言


1)登山界で固い吹きだまりの危険性は知られていない
ハードスラブの危険は遙か昔、中谷宇吉郎博士の時代から知られて
います。昔は、ハードスラブの雪崩のことを、板状雪崩(ばんじょ
う・なだれ)と呼びました。こうしたハードスラブは先に書いたよ
うに扱いが難しく、それに対する正しい理解はリスク・マネジメン
トの上でとても大切です。

2)山頂において三角点もトーフ岩も見ていない
トーフ岩はとても特徴的な巨岩です。これに気づいていない、とい
う証言はとても信用できません。原告が証拠提出した県警ヘリから
の画像にはハッキリ写っていること、数度にわたる事故後の調査で
も目標物として十分な存在であることが確認されています。このよ
うな特徴的な地物を10数回も登頂している人が気づいていない、
ということがあるものでしょうか。

さらに、休憩地の選定には一段高い注意が必要、という原則を理解
していれば、山頂周囲に地物を探すはずであり、そのような行為を
していれば、必ず目に入る岩なのですから。

3)山頂で休憩地を探す行為がリスクを上げる
休憩適地であるか否かと、休憩適地を探す行為自体を対称させてい
ることが、そもそもの間違いです。もし仮に、休憩適地であるか否
かを確認すること自体がハイリスクで困難な場所であったとしても、
だからといって、想定ルート上だから安全な場所、ということには
なりませんし、適地である根拠を探す行為をしなくてよい、という
ことにはなりません。

また先に指摘したように、雪庇回避の想定ルート設定における思考
ロジック自体に問題があり、さらに、想定ルートが適当であるかを
途中で確認することもなく登っているのですから、辿り着いた場所
が、本当に正しい場所であるのか、確実なる証拠を一切持っていな
い状況にあった、ということになります。

では実際に、山頂周辺で地物など休憩適地であるか証拠を探す行為
がハイリスクなものかと言えば、答えはノーです。大日岳は穏やか
地形を持った山です。

4)コンパス使用法について、知らない、という証言
10数回も大日岳に登頂している人が、竜王岳を知らない、という
ことがあり得るでしょうか。写真を示しながら、竜王岳を目標にコ
ンパスを使ったルート設定の方法を正した際、山本氏は、竜王岳そ
のものを知らないようなそぶりを見せました。また、コンパスの使
用方法も、特殊な方法ではありません。国際山岳ガイドが知らない
わけがありません。


【全体を貫徹している根本的な問題】
1)根拠なき体験を絶対的なものと考えていること
2)内実の伴わない「総合的な判断」
3)リスクマネジメントの欠如


証言において、雪庇回避、山稜把握の方法などが問いただされた際
山本一夫氏の口から繰り返し出てきた言葉が「総合的に判断した」
というものでした。確かに、いくつもの要素を検討し、総合的に判
断していく、というのは、真っ当な方法です。

しかし、問題は、総合的というその中身が、上記で検証してきたよ
うに、ことごとく間違いであったり、根拠がないにも関わらず事実
と誤認し、重きを置きすぎていることにあります。山本氏は、総合
的な判断、と言っていますが、耳慣れた言葉に言い換えれば「自分
の感」で判断したと言わざるを得ません。

リスクを的確にマネジメントする具体的方法、知識、そして視点を
持っていないため、地形判断でミスを犯し、さらに、グループ・マ
ネジメントの概念と手法の欠如が、事故を大きくした、というのが
証言を検証して理解できることです。


【事前調査と法的注意義務の範囲】
冒頭で触れたように、リスク・マネジメントという要素ではなく、
裁判を通して、表出する混乱要素の一つをここで取り上げます。

原告の主張の一つに「事前調査を十分にしたのか?」というものが
あります。「大きな雪庇ができる場所ということがわかっているの
だから、山頂部にポールを立てておけば、山稜の特定は可能だ」と
いうようなものです。

被告側は「ポールが立っていては、研修会にならない」と主張しま
すが、原告側は「研修生が来る前に抜いてしまえばいい」と主張し
ます。しかし、原告の主張には、2つの視点が欠けています。

ツアーの形態で長距離を移動して研修を行う場合、そのすべての危
険箇所にポールなどを立てることは実質的に不可能、ということ。
次に、先行隊が事前にポールを抜く、ということも、理屈の上では
可能ですが、出発時間等、諸条件を考えれば、大きな山では、よほ
ど人的・資金的有余がない限り困難です。

実際、海外の研修および資格試験に関しても、ポールを立てる、な
どということは、知る限り、行われていません。そのような
ことをするよりも、リスク・マネジメントにおいて重要な点が多々
あり、それを遵守することのほうが、より大切である、ということ
が理解されているからであろうと思います。

つまり、これらは、研修会主催者が果たすべき注意義務の範囲に関
する裁判特有の論争であり、雪山で行動する際のリスク・マネジメ
ントの本質とは関係がないのです。
むしろ、原告の主張それ自体が
リスクマネジメントにおいて、より重要なポイントである「休憩地
の選択ミス」という問題をぼやかしてしまいかねません。
  1. 2005/06/19(日) 13:38:00|
  2. 大日岳遭難事故・検証
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